しかし兄さんは、ペテロから人間一般の弱さを論じて、信仰の必要を抽き出した。 しかし兄さんの信仰は、日向水のように、ぬるま湯のように、生活の安全地帯に 巣をつくって、あったまっているだけじゃありませんか。わたしのことを心配し て下さるのなら、どうしてわたしの魂をつかまえて、ぐんぐん引張って行って下 さらないのです? わたしが毎日曜の礼拝に出席するのも、決して兄さんや姉さん にお義理を感じてのことじゃありません。わたしは救われるものなら救われたい のです。兄さんのお説教を聞いて魂をゆすぶられたなら、わたしは悦んで洗礼を 受けましょう。信じられたら、こんな為合せなことはないと、もちろんわたしだっ て考えています。しかし兄さんみたいにしょっ中びくびくしている人が、どうし て人の魂をゆすぶることなんか出来るものですか。信治さんも臆病でした。人を 愛し切ることの出来ない人でした。そして兄さんも。兄さんは信仰のぬるま湯の 中で、説教の草案をつくったり、姉さんや子供たちを可愛がったり、賛美歌を歌っ たりしていればいいのです。わたしのことなんか構って下さらなくて結構です。 わたしのことはわたしでします。
$ echo "sabishiro.net" | ruby -ne 'p $_.chop.unpack("c*").inject(:+)'
1337